1893年(明治26年)より毎年、現鎮座地の近くに祭庭を設けて招魂祭が行われていたが、正式な社殿を造営して招魂社とすることとなり、1936年(昭和11年)に鎮座地を決定、1938年(昭和13年)に竣工・鎮座した。翌1939年(昭和14年)、制度改革により兵庫縣姫路護國神社となり、内務大臣指定護国神社となった。第二次世界大戦後のGHQ占領下は、「護国神社」の名称では軍国主義施設として廃止される虞があるとして、姫路城の別名の白鷺城に因んで「白鷺宮」と改称していた。独立後は元の社名に復した。戦後、年月を経て神社を支えてきた遺族、戦友などの高齢化、戦没者に対する意識の変化による参拝者の減少が危惧されている。兵庫県内には、他に神戸市の兵庫縣神戸護國神社があり、こちらは県東部の戦没者を祀っている。姫路城の近くには別表神社の射楯兵主神社(播磨国総社)があり、ほかに姫路城内に酒井正親を祀る姫路神社がある。