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H27.6.21 福崎町辻川界隈ホーム

旧神埼郡役所、明治の建築物らしい

 もとは、明治19年に神東・神西郡役所(後に神崎郡役所と改称)として建てられた建物です。昭和57年、現在地に移築・復元し、資料館として開館しました。ギリシャ建築様式を取り入れた二段式の玄関や手作りの階段手すり、元郡長室の暖炉など、文化財的にもにもすぐれた明治建築です。
 館内には、福崎を中心とした神崎郡の歴史を時代別・テーマ別に展示しているほか、当地方で使われていた生活用具・農具などの民俗資料も展示しています。
所在地 福崎町西田原1038-12 指定年月日 昭和62年3月24日

旧神埼郡役所の赤いポストが建物によく似合 います。
旧神埼郡役所の説明掲示板
福崎町辻川界隈:柳田國男が子供の頃によく遊んだと伝えられる鈴の森神社
▲鈴の森神社:本殿付近
▲鈴の森神社の拝殿
▲鈴の森神社にある辻川の恵比寿神社

柳田國男ほか各氏の詩

柳田 國男(やなぎた くにお、1875年(明治8年)7月31日 - 1962年(昭和37年)8月8日)は、日本の民俗学者・官僚。現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれで、最晩年に名誉町民第1号となった。没後に正三位勲一等。当時の池田首相が「民間人とはいえ、これだけの人物に瑞宝章では軽い」と発言し旭日大綬章が供えられた。元官僚で貴族院書記官長、終戦後から廃官に至るまで最後の枢密顧問官をつとめる。「日本人とは何か」その答えを求め、日本列島各地や当時の日本領の外地を調査旅行し、初期は山の生活に着目し、 「遠野物語」で「願わくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べた。日本民俗学の開拓者で、多数の著作は今日まで重版され続けている。

柳田國男の生まれた家の前から鈴の森神社が見えている
柳田國男の生まれた家
柳田國男の生まれた家の説明の掲示板
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